まころの栗パンChestnut Bread

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まころの栗パンまころパン(86farm)

まころの栗パンは、福知山市内の下荒河地区に工房を構える岩切康子さんが産み出した傑作パンである。可愛い栗の実を模したパン生地にナイフを入れると、その内部には滑らかな栗餡の層があり、さらにその中に、存在感ある大粒の栗の渋皮煮が一粒入っている。これほど「栗パン」という商品名が相応しいパンもないだろう。

黄色みがかったブリオッシュ様の生地はふんわりサックリと心地よく、バターと卵のふっくらした香りがたまらない。栗あんは舌にねっとり絡み、ほのかにラム酒の香りが栗の風味を強調するアクセントとなっている。そして、栗の渋皮煮のホックリ、ねっとりとした風雅な味わいはいわずもがな。栗のお尻にあたる部分のクッキー生地のザクザク感を楽しむ頃には「ああ、もう終わってしまうのか!」と唸ってしまう。なにせこのパン、年間600個しか作れない(2022年度実績)稀少な商品で、ネットでの予約開始とともにすぐさま売り切れてしまう状況なのだ。

そんな栗パンを考案した康子さんは、夫である啓太郎さんとともに86farm(ハチロクファーム)で農業を営みながら、製パン業であるまころパンをも運営している。康子さんはもともと神奈川県の出身で、大学卒業後に管理栄養士資格を取得。さまざまな飲食店や健康関連業界で活躍していた。その経歴の中で、特にパン造りの楽しさに目覚め、大手クッキングスクールの製パン指導の資格を取得。カフェでの販売やイベントへの出店等で腕を磨き、いつの日かこれを仕事にと志向していた。その傍らで、大の旅行好きが高じてツアーコンダクターの仕事にも没頭。これまで46都道府県・世界27カ国を訪問してきたそうだ。

その旅の中で夫である啓太郎さんと出会ったのが人生の転機となる。福知山市生まれの啓太郎さん、農業高校と農業大学校を卒業し、紆余曲折がありながらも有機農業を志していた。夫婦となった康子さんと啓太郎さんは、2018年に福知山で新規就農。固定種や在来種の作物を無肥料・農薬不使用で育てるという農業を展開している。神奈川で育ち、東京などで仕事をしてきた康子さん、福知山へ来て戸惑いはなかっただろうか。
「いえいえ、わたしはずっと自然の中で暮らしたいと思ってきたので、福知山は最初から『素晴らしい!』と思って暮らせてきました。」という。

まころパンは、そんな岩切夫妻の夢と頑張りの結晶が詰まったパンである。実は2020年度の認定審査の半年ほど前、審査員の山本謙治氏(農畜産物流通コンサルタント)が福知山の産地を廻っている時に、「次年度の審査に応募してみようと思っていまして」と康子さんが栗パンを持って面談に来たことがある。山本氏によれば「その時に、すでに栗パンの完成度は素晴らしいものでしたね。見た目の美しさ、生地のおいしさ、そして栗あんと栗の渋皮煮のバランスがとてもよかった。」という。また、福知山市在住のデザイナーにデザインしてもらった専用の二個入れパッケージも完成度が高く、すでに県外に販売していくための意識が行き届いていると感じたそうだ。

ただ、その時は丹波栗といっても、福知山市産のもの以外の丹波栗も使用していた。また、小麦も86farmで栽培した小麦を使いたいとは思いつつも、まだ収穫が十分でなく、品質のよい国産小麦を使用していた。山本氏は「どうせなら、丹波栗の中でも、エエもん認定を受けた栗生産者のものを使用したらいいんじゃないかな。」と、秦 貴一郎さんを紹介。そして、パン生地もできるだけ福知山に近いものを使用したらよいね、と希望を伝えた。

そして迎えた審査会の日、康子さんは見事に山本氏のリクエストに応えた。いや、要望されたことを大幅に上回るものを出してきた。

「この栗パンに使う丹波栗は、エエもん認定の秦さんが育てた丹波栗を使わせていただいています。また、パン生地に使う小麦粉は京都府産の京小麦を100%使用し、クッキー生地に使う全粒粉は私たちの86farmで収穫された小麦を自家製粉して入れています。」

いや参った、丹波栗は丹波栗でも、エエもん認定の秦さんの栗である。これ以上のものがあるだろうか!? そして、パン生地に京都産の小麦を用い、一部ではあるが自分達で育てた小麦を挽いた全粒粉を配合。そこまでやるか!

それ以外の原材料もすばらしいものが並ぶ。砂糖はてん菜糖ときび糖、油脂はマーガリンやショートニングなどは一切使用せず、北海道産のバターと発酵バター。卵は地元・福知山産だ。白あんのベースは北海道産、パンを膨らます酵母は秋田県の白神山地でとれた天然酵母、塩は宮崎県の釜炊きの塩、、、このように、愚直なまでに素材を選り抜いた商品なのだ。

工房にお邪魔すると、決して広くはないが、綺麗に整頓されレイアウトされた調理場で、岩切さんとスタッフさんがいそいそと立ち働いていた。

「栗パンはだいたい予約で売り切れているのですが、週に製造できる数量が決まっているので、焼いて、箱詰めして、発送してを繰りかえしています。」

清潔な調理台にはちょうど、栗パンに詰める栗あんと栗の渋皮煮が乗っていた。

「秋に秦さんの栗が納品されると、まずは近くの福祉作業所やママさんのグループにお願いして、鬼皮を剥いてもらいます。その時期はとにかく栗の世話に人出が要りますので、パンの製造はすこしペースを落とさないといけなくなりますね。」

それにしても、栗の渋皮煮のサイズが大粒であることに驚く。

「栗パンの中に入れる栗は、2Lまたは3Lサイズのものにしています。小さかったり、大き過ぎたりする栗は、栗あんにまわしています。ですから、このパンに入っている栗の要素はすべて、丹波栗なんです。」

普通、粒の栗を入れていても、それ以外の部分は海外産の栗を使うものだろうが、まころパンでは全部が丹波栗なのだ。

「栗あんには、潰した丹波栗をベースに、少しだけ北海道産の白あんさらしを使いますが、それに渋皮煮のシロップや発酵バター、ラム酒で香りをつけています。栗餡と渋皮煮を合わせて80~90グラムくらいですね。」

そうサラッと言う康子さんだが、それだけの丹波栗が入っているパンというのは、なかなかないと思う。パンと言うより、思い切りリッチで手の込んだ洋菓子という印象だが、あくまで康子さんはパンとして販売をしている。

「せっかくだから、食べて行って下さいね。」

と取材陣にも出していただいたのだが、年間600個と限られたパンをいただくのは気が引ける、が、、、美味しくいただいてしまった。

栗のパンというと、ボソッとしてしまいそうな印象があるが、栗あんの滑らかさと渋皮煮の程よい水分があいまって、飲みもののように喉を通る。それでいて、やはり栗の渋皮煮の存在感がとても強い!

「栗あんの硬さも、硬すぎると口の中の水分を持って行かれてしまいますし、かといって水っぽいと美味しくありませんから、バランスをとるように気をつけました。」

まころパンでは栗パン以外にもヒット商品がある。京小麦をたっぷりのバターと釜炊き塩でふっくら焼き上げた「塩バターパン」と、可愛いクマや犬、豚やカメといった動物の形に成形した「どうぶつパン」だ。どうぶつパンはその愛らしさで、子育て中の親世代に大人気だという。

「私たちは実店舗は持っていないんですが、ネット通販に加えて、イベントやマルシェなどで販売をしています。」

現在、まころパンは福知山市内のコーナンに週一回のペースで店頭販売をしていたり、また三段池公園の体育館内にある販売コーナー「リトルハピネス」で開催される「ふくちやまのエエもんマルシェで販売したり、市内各所のマルシェで不定期販売されている。ただし、スケジュールは常に変動するため、まころパンのFacebookやInstagramを確認するのが得策だ。

「いまはまだ自分達で育てた小麦でパンを全量焼くことは難しくて、全粒粉に挽いたものを混ぜるに留まりますが、いつか白い小麦粉も自分達が育てた麦で造りたいと思っています。」

いつの日か必ずそうなる日が来るのではないか、そう強く思えるのは、康子さんがニコニコと笑いながらも、凜とした意志の強い眼をしているからだろう。福知山においでの際は、まころパンのSNSを確認して、どこかで販売しているならば足を向けていただきたい。栗パンは並んでいないかもしれないが、その優しくもレベルの高い味わいに、ファンになるはずだ。

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